【公文書から「見えない」日常】

ここ最近のことですが、「高島市長が頻繁に東京に出かけている」という話を耳にしていました。今回の質疑に向けて、私はそのような事実があるのかを調査しました。役所から取り寄せたのは「週間予定表」「公用車の運行記録(自動車運行表)」「旅行命令(出張の記録・経済観光文化局所管のもの)」です。

1年分の資料が揃っている令和6年度分について資料を分析しましたが、「週間予定表」は、226日が空欄になっていました。

市長の週間予定表

よく意味がわからなかったので、自動車運行表と照らし合わせてみたたところ、週間予定表が空欄になっている日でも公用車が動いている日がありました。ただ、この運行表は、「どこからどこに行ったのか」「何の目的で使ったのか」などが極めてわかりにくい「暗号文」のような文書でした。

公用車の運行記録(個人情報を除いて掲載)

さらに、「旅行命令」を詳細に見たところ、週間予定表の空欄になっている日の複数で、海外も含めた出張が入っていることに気がつきました。

最後に、市のホームページで公表されている「市長の動き」を参照すると、市長が年末年始の3日間を除いて1日も休みなく、「内部協議(=職員との打ち合わせ)」など何らかの仕事をしているような記載がありました。しかし、この欄を見ても、市長が登庁しない日にどこにいて、誰とどのような内部協議をしたのかの記述はありません。公用車は動いていないのに登庁したことになっている日も多く、さらには登退庁の時間がわからない、そして、海外出張の日程をはじめ幾つもの記載漏れが見られるなど、不備や不親切さが目につく内容でした。

私がいま話題にした文書は全て「公文書」にあたります。週間予定表、公用車の運行記録、ホームページのいずれの公文書も、市長の行動を市民にわかりやすく正確に伝えるものになっていません。この点は何ともお粗末で、改善の必要があります。

結局、役所から提供を受けた資料では、市長の日常を正確に追うことができず、モヤモヤしたものを抱えながら質疑の当日を迎えました。

【市内にいた日数は「記録がない」】

質疑では、上で述べたような市長の日程に関する公文書の問題点を指摘し、改善を求めた上で、公文書から読み取ることができなかった「令和6年度に市長が福岡市にいた日数」「首都圏にいた日数」を尋ねました。それに対して役所からは「把握していない」との答弁がありました。つまり記録がないのです。

ここで令和6年度の私自身の記録を振り返ってみたのですが、常任委員会視察、党務出張、市議会野球や会派の台湾研修(私費・新竹サイエンスパーク視察)など、県外に13泊していました。日帰りの党務、子どもと荒尾のグリーンランドに行った日帰りの私用も含めて、県外にいたことがある日は23日、うち3日間が首都圏の滞在でした。

この程度のことは、公職にあるものとして聞かれたら答えられるのが当然だと思っています。

【市長が地元を離れてよいのは、必要かつやむを得ない場合に限られる】

私は市議会議員の選挙に初挑戦する1年前に前職を退職し、それから約半年間、当時の吉田宏市長の私設秘書を務めました。その頃から今に至るまで、市長の仕事ぶりについては、幾度となく話を聞いてきました。「東京に出張が入っても、用務の終了後に私用を入れることは役所が許さんかったよ」と。「用事が済んだから、福岡に帰ってくださいね」といって、当時の東京事務所の職員から、さっさと飛行機に乗せられていたそうです。100万人をゆうに超える市民の生活を預かるというのは、そういうことなんだなあと思っています。

今現在の状況を見ると、こんな当たり前のことが「あやふや」になっています。そもそも、私のように4期も市議会に議席をいただいている議員が「年に何日、福岡にいるんですか?」などと市長に聞くのも、いろんな意味でなかなか勇気がいるのですが、役所もご本人も答えなかったのはおそらく、本当のことが言えないからだろうと思います。

私が今回の質問のために取り寄せた公文書とホームページの情報を照らし合わせた結果、令和6年に市長が福岡市にいたかどうかわからなかった日は127日、そのうち77日は土日祝日でした。

※取り寄せた資料の範囲で、登庁の記録、出張や具体的な公務の記録がなく、かつ公用車の動きがなかった日の合計です